マナビラボ

第5回

2019.01.09

「他者と生きること」を学ぶ〜ハワイp4cの挑戦③〜

「海外のマナビ事情」ハワイP4C特集 第3回は、ハワイ大学でのインタビュー(後編)です。p4c Hawaii(以下、p4c HI)を始めたトマス・ジャクソン博士と、高校で先駆的に実践を重ねてこられたアンバー・ストロング・マカイアウ博士にお話を伺いました。(前編はこちら、中編はこちら

 

民主主義とは、他者と生きること--「市民の教育」としてのp4c

 

————(中編から続く)お聞きしていると、「子どもと共にする哲学」というのは、子どもたちにとってだけでなく、教師にとっても親やコミュニティーにとっても、有益な考え方であるように思います。

 

マカイアウ博士

まさにその通りです。私が特に関心を持っているのは、民主主義にとっての有益性です。自分自身で考えたり、さまざまな世代の人と一緒に考えて、力を得たと感じたり自分の声が重要なんだと感じる人がいなければ、民主主義はもはや機能しません。ですから、p4cは個人的で個別的なものというよりも、もっと広い射程をもった実践だと考えています

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————p4cは民主主義社会の市民を育てることに関わっているということでしょうか。そうだとすると、それはとても新鮮な考え方であるように聞こえます。というのも、日本で市民教育というと、法教育などの方向に進んだり、批判的思考能力をもった自律的な個人の育成を意味することが多いように思うからです。つまり、「個人」の能力の育成をより重視していて、p4cの実践のように他の人と「共に」探究をしたり、他者への共感を育んだりということが「市民教育」として行われることは少ないのではないかと思います。

 

マカイアウ博士

日本の市民教育の場合、知識も重視されていませんか。アメリカでもそうですが、日本で市民教育について話をするときは、議案がどのように法律になるかとか、司法府についてとか、三権分立とか、そういったことについての学習を指しているように思います。そうしたなかで、最近では、実際に政治や司法に関わっていく「市民参加」を重視する傾向も出てきていますけど・・・。

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マカイアウ博士

でも、私たちが「民主主義のための教育」について話すときには、それは市民教育(citizenship education)というよりも、むしろ市民の教育(citizen’s education)を意味しています。つまり、民主主義とは日常生活から離れた「制度」なのではなく、デューイのいうように私たちの生のあり方そのものに関わるもの(「協同的な生の様態」)なのだという考えに基づいた教育です。それは、他者と共に民主主義の諸問題を解決するために、どのような性向や生き方が必要であるかを知る教育であるといえます。

 

————なるほど。民主主義は、この世界において他者と共に生きるということと不可分、というよりも、両者の核は同じということですね。

 

マカイアウ博士

そう思います。実際に市民として政治的あるいは法的に「参加」する必要が出てきたとき、そのやり方を学ぶためのスキルや知識が求められます。でもそれ以前に、他者と共に生きるために必要な、より基底的な性向をすでに身につけているからこそ、「参加」を通してコミュニティーの一部を感じることができるのではないでしょうか。そして、それはまさに私たちがp4cでやろうとしていることだと言えます。つまり、p4cの実践は「この世界においていかに生きるか」という全体的なあり方を示唆するものであり、それ自体、特定の内容に関する知識に対立する意味での「民主主義の健全さ」に資するものだと思います

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マカイアウ博士

しかしだからと言って、子どもたちは「何も学ばない」ということではありません。彼らはやはり内容について学びますし、将来的にもよりよく学んでいくでしょう。というのも、彼らは、考えることや情報を得ることに関する性向を持っているからです。こうした性向は、むしろ、コンピューターがもともと人間がやってきたことを代わりにやってくれて、人間はただグーグル検索をすればよいという現代の世界においてこそ、必要とされるものなのです。

 

p4cで社会的正義を問い直す

 

————コミュニティーに参加するということだけではなく、共に探究するという経験を積み重ねることで、コミュニティーを生み出したり、コミュニティーを変容させたりということもあるのでしょうか。

 

ジャクソン博士

そうですね。例えば、私たちは日本で東日本大震災が起きた直後から、被災地とp4cを通じた交流をもってきました。大人も子どもも参加して、自分たちの話したいテーマについて対話し始めたのです。p4cによって対話を開いたことで人びとの間に関係ができ、より深刻な問題についても話す準備になったと思います

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マカイアウ博士

p4cは私たちを、知的な意味で安全な「探求の共同体」を構築すること、そして、自分自身について——自分のアイデンティティーや背景について——知ることに導きます。さらに、そうした自分自身についての学びを他者と共有することで、人びとは多様性に触れることになるのです。このようにして、対話という探究の形式を通して、非常に困難な問題についてでも話すことができるようになるのだと思います。

 

ジャクソン博士

関連してお伝えしたいエピソードが二つほどあります。

一つ目は、日本からの訪問者が、p4cのモデルスクールであるカイルア高校の生徒に質問したときのことです。生徒たちは全員卒業間近だったのですが、訪問者の一人が「どんな影響がありましたか」と尋ねたんです。そのとき最初に話したのが、サモア系の若者でした。彼は、こう答えました。「初めはケンカも多くて、非行みたいなこともあって。サモア語、中国語、フィリピン語とか、いろんな言葉で話してて。でも、自分はサモア系だと気づいたんです。そして、彼らはトンガ系だって、それもただのトンガ系じゃなくて生身の人間なんだって気づいたんです。生身の人間を憎んだりいじめたりって、どうやってできますか」。このエピソードが意味するのは、「p4cはいじめの防止につながる」といった表面的なことではなくて、社会的正義にとってもっと深いレベルに至っているということなのではないでしょうか。つまり、彼らのなかに「それは正義に適っていないことだ」という感覚があるということなのではないかと思います。

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ジャクソン博士

二つ目は、私たちの同僚の一人が、矯正施設に収監された女性と共にp4cを行ったときのことです。対話のあと、彼女たちは「これまでの人生で、こんな風に話せる機会は一度もなかった」と言って感謝の意を表したそうです。彼女たちが矯正施設に収監されるに至るまでには、多くの社会的不正義があったのだと思います。不当にも、彼女たちは被害者なんですよ。私が思うに、社会的正義とはある意味で、彼女たちが「私は自分で考えることができる。私にも頭があるのよ」と知ることができるような文脈を作り出すことなのだと思います

 

————p4cは単に「効果的な教育方法」なのではなく、自己を深く知るとともに、他者と共に生きるということの意味や社会のあり方を問い直すような、私たちの生にとって基底的な営みといえるのですね。本日は本当にありがとうございました。

 

【Special Thanks】本取材では、マナビラボフレンズの山辺恵理子先生(都留文科大学)に大変お世話になりました。心より感謝申し上げます。

 

  • 取材

    山辺 恵理子

  • 取材

    田中 智輝

  • 取材

    村松 灯

  • 撮影

    田中 智輝

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