マナビラボ

第9回

2016.03.23

グローバルな視点でゆさぶる
自分の前提
−地域性をあえて批判的に問い直す− 【前編】

教える授業から学ぶ授業へ

広島県広島市に所在する広島女学院高等学校(以下、広島女学院高校)で教鞭をとる地理歴史科教諭の安宅弘展(あたぎ ひろのぶ)先生。

2014年から、同校はSGH(スーパーグローバルハイスクール)指定校になったが、その申請で中心的な役割を担ったのが、グローバル教育推進部の安宅先生だった。先生は、申請のために案を練り上げる中で、教える授業から学ぶ授業へ、各教科でできるところからはじめられるように学校全体としても姿勢が変わっていったと述べる。SGH指定を受けて実施しているのは「Peace Studies」。「核の惨禍のない世界を創り出すしなやかな女性」の育成を目指している。

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取材に行った2015年10月2日は、「Global Issues I」の授業の中で「Peace Studies」が展開された。参加者は30名ほどの高校1年生に加えて、3年生も数名いた。年間を通じた授業計画や授業のデザインは担当の安宅先生が行うが、時には外部から講師を呼んで、議論に幅と深みを持たせる。この授業では、『世界で通用する人のための勉強入門(PHP研究所)』などの著書があるIGSの福原正大さんが定期的に授業を受け持っている。安宅先生がグローバルな視点から高校生に話ができる人を探し、講演会に出向くなどした末に出会った。

今日は福原さんの担当する授業で、テーマは「グローバル・リーダーとして核抑止論をどのように考えるか」。核兵器廃絶をめぐる議論を、ゲームを通じて理解することが目的だ。安宅先生は、「広島には、核は悪であるという共通理解があります。それは大切なことなのですが、核は悪であるということが前提になってしまい、なぜ悪であるのか、悪いものであるのになぜなくならないのか、核をなくすにはどのようにすればよいのか、といったことがほとんど議論されないまま、半ば思考停止のようになってしまいがちです。そうではなくて、より批判的にヒロシマの核を考えさせたい」と述べる。

前提となっている価値観を疑う

普通の2倍ほどある教室の半分に椅子を円形に並べ、生徒が着席する。プロジェクタを利用してスライドを映しながら授業が始まる。1日の最後の授業で、90分間。まずは安宅先生がこれから始まる授業の案内を5分ほど。「グローバル・リーダーとして核抑止論をどのように考えるか」というテーマと、「思ったことをガンガン発言する」というルールを示したあとは、福原さんと交代して輪の外から様子を見守る。

生徒は事前に哲学、経済学についての文献を抜粋した資料を読んで「『人間の本性』、そして人間の本性のもたらす『帰結』について自らの考えをまとめておいてください」という課題に取り組んでいる。授業が始まると手元には「平和のための核兵器保有(核抑止論)の是非」と題されたワークシートが配布された。

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福原さんはまず、率直に「核抑止論に賛成の人、反対の人?」と問いかけ、反対の意見と賛成の意見をいくつか述べるように促した。反対の意見の生徒が多い。この授業では、発言者を示すためにテニスボールを利用し、受け取った人は何か発言しないといけないルールである。ボールを受け取った生徒は、「核抑止による平和に根拠はない」として反対を表明したり、「貧困な国において軍事費の抑制になっている」として賛成の意見を表明するなど、堂々と考えを述べる。福原さんは一つ一つの意見を簡潔にまとめつつ、今日の論点に繋がる部分を引き出していく。

ゲームを通してジレンマを考える

導入として10分ほど意見を聞いたところで、「話を聞いてるだけだとつまらないかもしれないので、ゲームをしてみようか」、と「囚人のジレンマ」を体験するためのペアを作成する。「囚人のジレンマ」とは、二人の囚人に自白を求めるため、検事が別々の囚人に司法取引を持ちかけるという設定で生じるジレンマである。二人の囚人がともに自白をすれば両方に等しく数年間の懲役が課されるが、どちらか片方が司法取引に協力しなければ、協力しない方がすぐに釈放され、自白した方は最大期間の懲役を課される。また、もしどちらも自白しなければ、両方が自白をした時よりも長い期間の懲役が課されることになる。

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この「囚人のジレンマ」をゲーム形式で点数化した今日のゲームの設定とルールを、資料に即して理解するよう促す。今回のゲームでは配点が調整されており、お互いに協力する意味で黙秘しても失点となるが、相手を裏切って自分だけ自白をすれば得点でき、相手の失点も大きくなる。双方が相手を裏切って自白をすれば、協力して黙っていたときよりも大きな失点となる。「お互いの顔を見て。信用できそう?」などと緊張をほぐしつつ、理論をイメージしやすくする。自分と相手の利害がかみ合わないときに相手を思い通りに動かすことはできないが、自分の行動はコントロールできることを生徒が理解した上で、「ゲームのときには自分のことだけ考えて」と指示を出し、実際にジレンマを体験させる。

途中で流れを止め、生徒に感想を聞きつつ進める。「私がしようとすることを相手もしてくる」、「一番マイナスが少ない手を打とうとすると、相手がのってこない」などの意見が出る。お互いに高得点を出すために交渉の時間をとり、さらに得点を5倍にしてゲームを再開する。ゲームが終わり、集計も終わると、全体の感想を再び聞く。「裏切られた感じ」、という感想が出る。福原さんが「じゃあ、裏切り続けた人はどういう感じで?」とその感想を述べた生徒とペアを組んだ生徒に聞くと、「自分以外は信用できないし」と答えが返ってきた。

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「なんで核抑止論の後にこのゲームをやったと思う?」と福原さん。核抑止論へと話をつないでいく。「グローバルリーダーとしてどう考えるか。このゲームをやっても、核抑止論に反対の人?」と問いかける。ある生徒は、「互いを信頼できれば均衡が保たれるけど……」と迷いを述べた。他の生徒も授業の最初と異なり、反対とも賛成とも悩みだしたようだ。福原さんが話を展開する。「個人対個人の信頼と、国家対国家の信頼ってどう違うの? 国家同士だとなぜ難しい?」

「個人よりも国家の方が情報が増えるから」、という発言が出た。福原さんが「情報と繋げたのはとてもいい考えですね」とそれを承けると、他の生徒が「国家だと関わる人が増える。誰かが裏切るかもしれない」と広げる。意思決定や行動の決定に関わる人同士の関係にも考えが及ぶ。そこでさらに、「じゃんけんゲームでルールを変えたことにどういう意味があった? 自分の行動はどうなった?」とゲームのときの自分に意識を向けさせる。ある生徒は、「一発逆転を狙うようになった」、と行動が変化したことを述べた。

グローバル・リーダーとしての当事者意識

核の問題、グローバルなルール作り、人間の本性について、そして生徒自身の感じたことが一つ一つ絡み合いながら議論が進む。「このまま進むとどうなると思う?」という問いかけに、生徒は「平和はこない」と考えを述べる。しかし、「では、どうすればいい?」と問われると、外国の人は広島のことを知らない、だから情報を発信していくと生徒から答えがでた。そこで、福原さんは、「みんなは信用してないわけだよね。そこで発信して変わるかな?」と鋭く問いかける。耳障りの良い発言で終わらせない。具体的にどうすればよいのか、グローバルに活躍するためには、どこにどうやって働きかければよいのか、何を考えていけばよいのかを、踏み込んで考えさせる。ときには、「考えているのに発言しないのは、ここにいないのと一緒だよ」と発破もかけ、議論への参加を促す。

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1時間が経過したあたりで、「グローバル・リーダーとして当事者意識を持ち『考え』、自分が首相/大統領であれば、どのように『決断』するのか考える」という板書が示された。そこから、最終的に核抑止論に賛成するのか反対するのかを5分でまとめる。生徒は意見をワークシートに書き込む。その後、生徒に意見を求めると、授業の最初と比べて、生徒の意見は賛成と反対に割れた。特に、最初に多く見られたような一般論やどこか距離を置いた意見ではなく、「個人的には反対だが、私が大統領だとすると賛成する」、「もし私が大統領だとすると、影響力の大きさを考えて廃止する決定をする」、など自分自身に引きつけてどう決定するかを考えた意見が多くなっていた。

最後の10分で安宅先生による授業の振り返りが行われた。内容は3点。「この時間で得られたこと、成長できたこと」、「個人レベルでも、世界レベルでも足りないと思ったこと」、「疑問点や福原さんに聞いてみたいこと」。安宅先生は、「まずは自分の頭の中で考えて」、と一人で考えをまとめるように促した。3分ほどすると、ゲームの時のペアで意見を交換させる。その様子を見て、「コミュニケーション力が上がってきたね! 4月からの成長を感じますね!」と喜びを表す。そこから、全体で挙手してから発言する形で意見を発表する。

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最初の点について、多数の手が挙がり、「理想と体験で難しさを実感した」、「抑止論にぶれない意見を持っていたつもりだったけど、多様な立場で考えることができた」、などの意見が出された。そこで、安宅先生が「考えが揺さぶられた、と思った人?」と、この授業でのねらいの一つ、「核は悪いということで思考停止せず、もう一歩進める」ということに関わる質問をした。ほとんどの生徒が手を挙げた。「自分たちにとって当たり前のことも、相手にとってはそうではないことに気づいた」、「リーダーとしてどう決断するかを考えて、徹底的に追及して考えることができてないと感じた。日々の小さなことや身近なことも、追及して考えていなかったことに気づいた」、といった意見が出された。安宅先生は、それらの発言を広げながらもまとめず、聞いて促すことを徹底している。ある生徒は、「ベースが違う人たちと話し合うとき、議論にすぐ参加できないとこれからの社会では通用しないから、授業などでも議論のキャッチボールがもっと普通にできるように教育から変えていかなければならない」、と述べ、アクティブラーニングの目的を正確に理解していた。

授業終了のチャイムがなると、「すごく楽しかった」、と口々に感想を言いながら生徒の多くが教室を後にする中、数人の生徒は教室に残って先生と議論を続けていた。

安宅先生がこの授業にかける思いや授業の背景は、後編で

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広島女学院高等学校は、広島市の中心部にほど近く所在する私立の女子高等学校である。1886年創立以来、キリスト教主義教育を行い、「のびやかに、しなやかに、世界へ。」をモットーとして教育活動を行っている。

 

IGS
学校へのグローバル人材教育支援を行っている。
http://i-globalsociety.com/

  • 取材

    堤 ひろゆき

  • 撮影

    木村 充

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